研究会

郷音舎の活動をデザインする

2010年〜現在進行中

私たちの活動の柱は以下の3つです。

・受け継ぐ
・伝える
・記録する

また、その過程を通して、「学ぶこと」「想像すること」「創造すること」という人間本来の力をひきだし、自然とともに生きてきた日本の根底にある素晴らしい生き方、考え方を多くの方々と共有し、世界の異なる文化や価値観を持つ人々とも分かち合い学び合うことです。

〈受け継ぐ〜体験教室や地域行事を通した継承活動


郷土芸能が持っていた世代間交流を蘇らせる
さとおと太鼓教室
和太鼓・篠笛・和楽器・郷土芸能の定期・出張教室

●若者みずからが地域を盛り上げる
武陣太鼓・三木武陣太鼓・International Buzin Taiko



〈伝える〜舞台作品として一般の方に伝えて行く活動〉

●ふるさとの音を宝に変える
郷音舎(さとおとしゃ)

地域から世界へ発信する
→和楽会(わらくかい)


〈記録する〜
ふるさとの音の調査・記録活動

日本のふるさと音めぐり準備室

●人から人への継承、録音、記録
●継承のための教室開催、告知、イベント主催

郷土芸能と繫がる多くの祭りや地域行事サポート


農業、地域文化、アートで新しい地域の業界を創出し、人間の新しい生活スタイルを提唱する

2010年〜現在進行中
太鼓唄 七海
郷音舎
VONBON JAPAN
武陣太鼓
県立三木高等学校「三木武陣太鼓」
関西国際大学「三木武陣太鼓俱楽部」

Uターン、Iターンなどが進められ、数々の試みのもと多数の人々が都市部から地方に移転するが、継続して住み続けることが難しく、再び都市部に人口が集中しているのが現状だ。この問題の根底には、なにがあるのか。
一人の住民として、実際に肌で感じて来た問題は、都市部と地方とではその地域を構成する年齢層、自然環境、共同体の価値観などが異なり、お互いに理解しあえず円滑な人間関係を構築することが困難な場合があること、都会では「仕事」と認められる業種が地方にはそもそも存在しないか、ボランティア等で運営されているため業界が存在しないことの2つだった。

この2点の解決には、地方の全世代と都市部から移転して来た人々とが継続した交流を育める場や共同で業界を形作って行く必要があると考える。

郷音舎全体の仕組みは、アート(芸術)を通して、地域の文化、芸能の記録と、その継承、地域活性化、世代間交流、海外への発信、業界づくりなどを相互に解決し合う仕組みである。
地域の芸能、文化、歴史を題材とした「創作和楽団 郷音舎」「武陣太鼓」の2つは、地域の文化を掘り起こし、継承する役目を担いながら同時に舞台芸術、音楽作品としての価値も高めている。
このことにより、この地でしか生まれない特殊な音楽作品が出来上がる。人間の価値観のちがいが生まれ育ちや環境で異なり、その地で受け継がれる仕事が、その地の自然と深く結びついているように、音楽や文化も同じく、その地にしかないものを大切にすることで、独自性が生まれる。

また、このなかに一見特殊に見える「VONBON JAPAN」が加わることにはとても大きな意味がある。この集団は音楽集団ではなく、記録技術を持つ集団である。デジタルスチール撮影、デジタル動画撮影、デジタルレコーディング、フライヤー制作、CD制作、音源発信など音楽制作、アート制作とその発信に用いるあらゆる技術は、すべて伝統を記録する際、またそれを多くの一般の人々に伝えて行くのに最も有効な手段でもある。VONBON JAPANと共同で制作した「KAIZAN」の中には、播州音頭の継承者の音頭をレコーディングした際の音源が加工して使われている。

この背景には、2008年、日本全国の郷土芸能を記録するために立ち上がった「日本のふるさと音めぐり」という企画が大きく関わっている。そして、この郷音舎の存在そのものが、この企画から生まれた実験的プロジェクトなのだ。

現代の日本の音楽シーンでは、戦後に流入した西洋音楽により、それまでに大陸から流入し日本に根付いた和楽器音楽が極端に押しつぶされる形になっている。和楽器分野の演奏家の技術の高さは優れている。電気や機械に頼らないこと、また和楽器があまりにも原始的な形をとっているため、人間本来の能力や創造力を最大限に追求できるからでもある。その姿をもって、現代の大衆音楽の中に入って行くことに意味を見出している。ジャンル分けそのものの垣根をとりはらうことにも意味を見出している。

「郷音舎」の持つローカルな良さが最も必要とされるのは都心部である。
「VONBON JAPAN」の持つスタイリッシュで華やかな良さが最も必要とされるのは地方である。
「武陣太鼓」の持つ分かりやすさは若者と海外に向けている。

まず根底にこのような基本の方向性があり、それが融合することで、多くの世代への発信が可能になる。

しごと唄を題材とした「創作和楽団 郷音舎」は農業、漁業、伝統産業の世界と結びついて作品作りを行っている。これは、兵庫県内だけでなく、日本中の伝統産業、そして世界中の伝統産業と結びつく可能性を持っている。

地域の歴史や伝説を題材とした「武陣太鼓」は郷土芸能を継承して行く仕組みを持っている。学校と繋がり、毎年、若者が地域団体、継承者と関わり、地域活性化行事に関わる体制が組み込まれている。そのことで、現代社会では断絶されている高齢者から若者へのバトンタッチが容易に出来ることを目指している。高齢者は若者に励まされ、郷土芸能を自ら次世代に伝えようと力強く歩みだし、若者は自分の土地の文化を受け取る。また、高齢者のゆったりとした器の大きさを肌で感じることで、同世代や親世代では得られない安心感や人生の先輩としての学ぶ機会を受け取ることを目指している。

「さとおと太鼓教室」は、全世代が交流を深め、むかし農村が機械化する以前に持っていた協力するためのコミュニティを形成する。むかし行っていた田植え、稲刈りという協同作業が、ここでは「舞台制作」という仕事に変化しているのだ。舞台に向けて多くの世代、業種が協力することで、新たなコミュニティを生みだし、それが地域の子ども達を地域の人々で育てる動きを自動的に生みだす。

私たちが目指す目的を果たすのに必要なのは、地方と都会とが手を結ぶことであり、伝統と先進技術が手を結ぶことだ。
VONBON JAPANを知るために都心部から訪ねてくる若者もいる。その若者は地方に住んで自然のなかで音楽活動を続けて行こうと思うだろうか。まず、彼らがそのように興味を持つこと、そして彼らが生きていくための業界をつくることが必要だ。神戸市のような比較的、先進的なイメージがある場所ですら、デザイン、写真などクリエイターへの発注の多くを都会に委ねる。もしくは、数少ないアーティストだけが独占状態にある。

私たちの専門は、音楽であり、アートだ。それを本当の意味で社会に生かしてこそ、その地は新しい価値を与えられ蘇ると信じている。また、その時に、地域住民を取り残していくのではなく、地域住民が主体となる仕組みを創ること、また、常に一人のアーティストが中心になるのではなく、主体となれる中心的存在を数多く育てて行くことで、その流れを多くの土地、多くの業界に拡げ、永く受け継がれることとなる。
そして永く受け継がれてこそ、その土地に最も適した形に自然と整い、愛され、人々の生活に貢献できると考えている。

そして、これらの歩みそのものが、新しい価値観を生みだす種となる。
私たちの場所が、移転者を迎え入れられる場となる。

都市部への一極集中で汚れている川が美しくなれば、そこと繫がるあらゆるものがその恩恵を受けることになる。
1つを変えることは、全てを変えることに等しい。
ただ、人はそのことにまだ気付かない。
そのために、私たちはこのような仕組みを創り、学びながら、成功を目指す。

私たち人間が生みだした技術を、自然の一部として生きるために使う時が来ている。歴史は、そこに学び、さらに良いものを創出するために学ぶ題材だ。

播州音頭と踊りについての調査・研究・継承

さとおと太鼓教室
2011〜2019(2020年より、播州音頭の保存教室を開催、県内のすべての踊りについても記録・継承を目指しています)

播州音頭は、主に関西全域に残る「音頭」のひとつで、現在では盆踊りのなかの一曲として音頭取りたちによって受け継がれている。この音頭をひとつのサンプルとして、その継承の仕組み、地域との関わり、継承者の生活について調べた。現在では、和太鼓、篠笛を演奏するメンバーが、音頭取りとしても活動し、地域の盆踊りや行事を支える。また、それを通じて、高齢化で運営できなくなっている地方の祭り運営の依頼が稽古場に入るようになった。この調査や継承の工夫を他の芸能にも拡げて行くことを目標とする。

郷土芸能継承者としての他地域との連携
八丈島、盛岡、五箇山、沖縄

さとおと太鼓教室
2011〜2019

研究者として、ジャーナリストとしてではなく、また演奏家としてでもなく、同じ土地の芸能継承者として他地域と連携することに最も大きな意義がある。同じ仲間として尊重しあえる立場を基本に持つことで、他地域の文化を真の意味で学び、ともに手を携えることが可能になると考える。

郷土芸能が持っていた「世代間交流」の場を取り戻し、全世代を繋ぐ試みを実践し、地域コミュニティのなかで子ども達を守り育てる

さとおと太鼓教室
2011〜2019

農業と芸能のコラボレーションで新たな地域の価値を創出し、人と自然を繋ぐ
「農村にしごと唄ワークショップ」
主催:環境教育事務所リノワークス
共催:さとおと太鼓教室
しごと唄監修:太鼓唄 七海
2014年

組太鼓文化についての調査

組太鼓とは、戦後に生まれた新しい音楽芸能スタイルで大小さまざまな和太鼓を組み合わせたアンサンブル形式が特徴。

創始者は長野県の「無形文化財 御諏訪太鼓」(オスワダイコ)とされ、諏訪大社太々神楽復元の際に生みだされた。

その後、各地に多くの「和太鼓団体」が生まれ、プロフェッショナルグループとしてショービジネスの世界に参入し、世界巡演を行う団体も多く登場。
一方、創始者である御諏訪太鼓は地域に根付き、公演・指導・楽器製作・世界の楽器博物館を運営しながら、地域住民による保存会と一子相伝による伝承が行われている。

当団体では、創始者が現れて以降の組太鼓の発展について調べ伝えて行く「伝承者にきく」第1回目を開催、その後、組太鼓の最先端の形を求めて作曲家に作品委嘱を行う「作曲家と演奏家による組太鼓・新作公演2019」を開催。

「伝承者にきく」(組太鼓が生まれてからの発展を探る)
和楽会実行委員会

「作曲家と演奏家による組太鼓新作公演」(新しい組太鼓文化を生みだす)
組太鼓新作公演実行委員会

太鼓のルーツをさかのぼる〜和太鼓の研究を通して

太鼓唄 七海
1992年〜2019年

最も新しい「組太鼓分野」以外では、民謡、能楽、長唄、囃子、雅楽などにも太鼓は使われている。また、各地で特徴のある太鼓が郷土芸能や神楽の中に見られ、神社、寺院、風呂、城など、合図として鳴らされていた太鼓が残っている。現在は盆踊などで使われている太鼓が葬儀など生活のなかで使われていた記録もある。また、戦国時代には軍楽として採用されたり、田んぼの作業のなかで、使われていた太鼓や鳴り物が、後に田楽として芸能化した記録もある。
現在の鋲で止めるタイプの宮太鼓、長胴太鼓は中国の太鼓と良く似た形をしているが、革と胴、バチの素材が異なり、音色や打法も異なる。また締めるタイプの締太鼓は、韓国の杖鼓に良く似ているが、やはり革と胴の素材、バチの違いにより奏法も異なる。さらにさかのぼり、縄文時代の太鼓を打つ埴輪は有名である。そこからさらに遡って行くと音楽は人間の身体のリズムに由来し、それは環境と密接に関わりがある。楽器の素材となる木や革は、その地の気候により育まれ、その地の湿気や建物の素材による反響から音楽やリズムが生まれる。では、農耕時代のリズムと狩猟時代のリズムとはどう異なるか。農耕時代を日本の農業のなかで、また狩猟時代をアメリカ・ミシガン州のネイティヴアメリカンのアニシナベ族の皆さんの儀式にて体験し考察する。

作業唄と作業工程の調査

太鼓唄 七海・郷音舎
2014年〜現在進行中

関西全域に見られる「音頭」という芸能。この音頭は現在は盆踊で演じられることがほとんどだが、この音頭はじつは仕事の音頭ではないか、というところからはじまったのが作業唄の取材。太鼓のルーツを遡っていて、人間の身体のリズムに辿り着いたところから、さまざまな仕事における人間の身体のリズムや、その作業をする環境の中で聴こえて来る音の取材を行っている。
・年間を通した農作業のなかの唄
・各地の機織り、糸つむぎ、染め
・醤油づくり
・酒づくり
・そうめんつくり
・和紙
その他、銀山、林業、たたら製鉄、漁業など多数

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